20世紀最後のお祭り

KANAAN-PEPO
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「うー・・・さぶさぶ・・」
「ほれ、買ってきてやったぜ、熱いブラック」
「お、さんきゅ」
 ここは、東京ビッグサイトのイベント広場。
 俺たちは、朝一番からここでまっていた。
 何をって?
 そりゃ決まってる、今世紀最後の最大のお祭り、コミケだよ。
「まったく・・・なんで今回はこんなくそ寒いところで待たなきゃいけないんだよ」
「何万もの入場待ちのオタクどもが邪魔以外の何者でもないからだろ」
「よくいう、おまえもその一人だろうが・・」
「俺はあんなにひどくない」
 そうか?
 危うく俺は口にしそうだった。
「考えりゃ酔狂な話だよな、こんなくそ寒いところで待たされてでも行かなきゃならないとはな」
 あのままはなすと変なほうに話が流れそうだったから、俺は話題を変えることにした。
「決まってるじゃないか、そこまでしないと手に入らないからだろ、本とかよ」
 そういいながら、よっこらせという具合で卓は座った。
 そのでっかい尻のしたには週刊誌が2冊敷かれているのでわかるように、見るからに邪魔なデブだ。
 もっとも、このくそ寒い駐車場ではそのデブが非常にありがたい。
 なんと言っても風除けになるうえ、達磨ストーブと言ってもいい具合に暖かい。
 もっとも、だからといってそばに体を寄せたいかといわれると困るのも確かだが
「それそれ、多少は興味あったけどそこまでしなきゃいけないもんかよ、おまえの頼みだからここまで来たけどよ」
「当然だろ、美津美さんとか氷上さんとかの本だぜ、そこまでする価値があるに決まってるじゃないか、ああもぉ・・・萌えるよなぁ・・」
 卓がそのでっかい体でもじもじした。
 その周囲にいた連中のいやそうな視線が俺たちに集中した。
「握手とかしてくれないかなぁ・・・最高だよ、あのかわいいのを描く手と握手できたら・・そんでもって、俺のためだけにイラストまで描いてくれたらよ」
 案の定というべきか、卓の意識があっちに行ってしまった。
「そんなもんかなぁ、でも本とかなら今ならいくらでも手に入れられる方法があるじゃないか」
「ぼったくられたくはねーよ」
 瞬間的に卓の意識は返ってきた。
「考えてみろよ、どれだけの人間が欲しいと思ってると思うんだよ。本当はそんな連中蹴散らせてでも俺だけが手にしたいのを我慢してるんだぜ」
 知らねーよ、そんなこと。
「それによ、もしかしたら握手とかしてもらえるかもしれないじゃないか、イラストだって描いてくれるかもしれないだろ」
「まぁ・・・そうだな、直接会えるわけだし」
 卓に気づかれないようにため息をつきつつ俺は言った。
「・・・って、俺が行ったんじゃ意味ないんじゃないのか?」
「そこのところは大丈夫、直接会わなくてもいいような男作家のところだけを頼んでるんだからよ」
「・・・・・」
 開いた口がふさがらない俺。これだから卓と付き合うのは考えたいんだけど、あいつには一杯世話になってるもんなぁ・・・。
「わかった、わかった・・・で、とりあえずそれぞれのブースで3冊頼めばいいんだな」
「ちょっと待った、7冊にしてくれよ」
 へ?
「ちょっと待った、俺、そこまでの金用意してないよ」
「じゃ、金預けるよ。本の代金とかきちんと記録つけておいてくれよ」
 そう言いながら卓は財布から10万を俺に渡した。
 その10万はちらりと見えた分厚い財布の中の半分にも満たなかった。
「わ、わかったよ・・・それにしても、どうするんだそんなに?」
「決まってるじゃないか、3冊は手元に残して残りはオークションに出すんだよ。結構これが儲かるんだよ」
 おい・・・さっきボられるのいやだとか言ってなかったか?
「それにしても・・・まだかなぁ。。。こんなことならサークル入場できるようになんか考えなきゃ・・・」
 あきれる俺に気づかない卓はまた、自分の世界に入っていった。
 

「まったくよぉ・・・なんでこんなに並んでるんだよ、電脳世界なのによ」
 21世紀も押し迫った年の瀬にコミックマーケット258が毎度のごとく開かれていた。
「雰囲気でてていいじゃないか」
 拓生は言った。
「おまえなぁ・・・その格好でその言い回しは無いんじゃないか?」
「あら、やん・・・はしたないこと言っちゃった」
 拓生の電脳世界での虚像、メロリンは両手を口に当てててへへと可憐に笑った。
 拓生の姿を知ってる俺は、実体の背中に走るものを感じた。
「それにしても・・・便利なのか不便なのかわからんなぁ・・・」
「そうかしらん」
 メロリンは触覚みたいな髪をぴょこぴょこさせながら言った。
「ほらぁ、100年前みたいに本当に場所に集まることを考えたらとっても便利じゃない。寒い思いをすることも、移動することもないんだから快適だし」
「でもなぁ・・・バーチャルショップみたいになってれば、話は早いじゃないか」
「何言ってるのよん、そんなの味気ないからってこういう電脳世界が構成されて自宅からでも直接参加できるような感じになってるんじゃない。直接会う感覚と同じよん」
 それは確かにそうなんだが・・・
「けど、それのおかげでわざわざ並んだりしてるじゃないか・・・」
 並んで待たされてるというなれない感覚が自分で自覚している以上に不満に感じてるらしく、思ったよりきつい言い方になってしまった。
「けどぉ・・それって、結局バーチャルショップでも処理の順番待ちとかと同じじゃないのかなぁ・・」
 指を頬に当ててちょっと上目遣いのポーズをメロリンはとった。
「それはわかるけど、その代わり指示を投げておけばあとは勝手に処理してくれるじゃないか、いちいち待つ必要も無いし」
「そんなことない、そんなことないよ。ほら、結局予約とかだと回答待ちとかあるじゃない、それと同じ」
 じっと睨むようにメロリンはこっちを見た。
 考えたら、拓生とも今本当は離れてるんだよなぁ。
 いかん・・・拓生の顔を思い出したらメロリンが無気味に見えてきた。
「自宅に居ながらにして会えるっていうことだけでも、意味があるのかも」
「自宅に・・じゃなくって、会えるってことに意味があるのよ、ほら、直接会話できるし、そうするといろいろ頼み事とかできるじゃない、わたしのためだけのイラストとかね」
 さもうれしそうにぴょこぴょこはねるメロリン。
 こうしてみている分にはかわいいんだけどな。
 回りからも結構注目されてるし。
「こうやって集まるからこそ、コスプレとかだって見れるんだし」
「バーチャルで集まってコスプレもくそもないと思うけど・・・」
「どうしてよっ」
 メロリンの口がとがった。
「そうじゃないか、みんなそれぞれのイメージデザインでこの電脳空間に集まってるだろ、ってことは、自分のイメージデータを変更するだけでコスプレ・・・コスチュームでじゃなくて自分デザインそのものを見るようなもんじゃないか」
 思わず本音が出た。
 そうなんだよなぁ・・・コスプレとか見てるつもりでも、相手がどんなのかわからんし。
 現に目の前のが・・・なぁ・・・
「何言ってるのよっ、それがいいんじゃない」
 両手のこぶしで両のふとももを叩きながらメロリンは力説した。
「電脳空間にそのままある部屋とかはこっちから行かないとわからないけど、こうやってみんなが集まるから、いろいろ一回で見れるんでしょっ」
「そのかわり、人の海じゃないか。全世界のOTAKUが一同に会してるって感じだぞ」
「それだけワールドワイドなわけじゃない。それにそれだけの人たちが一気に集まれる場所なんかないし、あったとしてもみんな集まれないわよ」
 珍しくもっともなことをメロリン・・・拓生が言った。
「ニューアメリカのMitsumiやオーストラリア連邦のHikamiと直接会えるのよ、それも翻訳とかしないでも直接会話もできるんだから・・・手だって握ってもらえるし、もしかしたら・・・」
 

「おい・・・おいったらおい、織田っ」
 卓のぷよぷよの大きな手で揺さぶられて俺はわれに返った。
「ちゃんと聞いててくれよ、一つでも落ちたらイタイんだからな」
 真剣な目の卓を見て俺は聞いた。
「明後日には21世紀だよな」
「なんだよ、突然」
 卓は唐突な俺の質問に驚いていた。
「100年後のコミケってどうなってるだろ・・・」
「ひゃ・・100年後?」
 俺自身唐突だとは思ってはいたが、口が先に動いていた。
「やっぱり、こんな風に集まってるんだろうか・・・それとも、わざわざ集まることなんか無くて、サイバーシティみたいなところで集まったつもりになってるんだろうか?」
「100年後なんて想像もつかないが、199年後ならだいたいわかるぞ」
 自身たっぷりに卓は言った。
「2199年、放射能汚染された地球の地下都市で、わずかな食料が金代わりになってコミケがあるんだよ」
 半分ぼーっとしていた俺だが、その卓の言葉に頭が真っ白になった。
「・・・・おまえって、マジですげーオタクだな・・・」
「だから、あんな奴らと一緒にするなって言ってるだろ・・・で、話の続きだけどな、ここのブースとここの・・・・・」
 卓から渡された会場のコピーの説明を聞きながら、21世紀になってもなんにも変わらないんだということを俺は痛感していた。

Fin.
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