ある作家の憂鬱


「うーん」
 いつもの喫茶店で友人はいつものごとく首をかしげて悩んでいた。
「今度はタイムトラベル物を書きたいんだけどなぁ」
 友人は作家、ライト・ノベル作家をしていた。
「タイムトラベルと言ってもなぁ・・・どう理由付けすればいいのか思いつかないなぁ」
 ネタから先に考えるのではなくネタを目的に書く作風は彼独自の持ち味だった。
「タイムトラベルって言ってもSF的な物を盛り込みたいんだよなぁ。けど、SF系は最近受けないから編集チェックがかかるんだよなぁ」
 注文したアメリカンに砂糖を入れてかき混ぜながらうなり続けていたが、いっこうにアイデアが出るような状態ではなかった。
「ファンタジックにするか・・・その方が受けがいいもんぁ」
 作家である以上、売れる物を書かなければいけない。そこにいつも壁があった。
 彼はSFの方が好きであるからである。
「科学考証を織り交ぜつつ何とか書けないかなぁ」
アメリカンを混ぜる手を止めて、わき上がる湯気を眺めながら頭をひねった。
「太陽系の惑星の影響を受けないところでってのはキャプテンフューチャーでやってたしなぁ・・・」
 キャプテンフューチャーとはエドモンド・ハミルトンのスペースオペラである。
「まてよ、太陽系の中の公転だけじゃなく銀河系自体の公転も考慮しなきゃいけないのか・・・はっ、銀河系の公転だけじゃなくて、宇宙の膨張に伴う銀河系の移動も考慮しなきゃいけないのか・・・」
 考えれば考えるほど詰まっていく。そして、アメリカンには砂糖が溶け込まれていく。もっとも、アメリカンはもう飽和状態でカップの底に砂糖が堆積していた。
「SF以前の話だなぁ・・・」
 なまじっか相対性理論などを考えてしまったがために行き詰る。
「所詮、タイムトラベル自体が無理だってことか・・タイムトラベル自体に意味を持たせること自体に無理があるということか・・・」
 完全にさめきってしまったアメリカンを口につけ、友人は吹きそうになった。
「甘っ」

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