空を返せ

 ふーむ、別に何ともないな。透き通った青だし、雲も浮かんでて、ゆっくり流れてるし、太陽はまぶしくて雲を白く光らせてる・・・
「何を空眺めてブツブツ言ってんの?」
 いつの間にか待ち合わせ場所の街角に遅刻して現れた、ガールフレンドのよーこが呆けた僕の顔を見上げていた。
「この空は本物かなって、見てたんだよ。」
「何それ?」
 よーこは愉快そうに笑った。目は好奇心に輝いている。本当に子供のようによく笑う奴だ。
「もうすぐ21世紀じゃんか?21世紀には空が、秘密裏に人工の物にすりかえられてるって話、けっこうあったじゃない?」
「はあ?」
 ますます愉快そうに、よーこは聞き返した。何のことか解らないのか。うん、ちょっと不親切だったかな。
「昔読んだ漫画でね、ある島には怪物が住んでるって噂が立つんだ。子供たちが興味持って出かけていってね、怪物に出くわしたんだけど、そいつは生き物じゃなくてロボットだった。その怪物の巣があるって言われてる山に登ってみて、するとそこには巣じゃなくて研究所みたいなのがあるんだよ。一人の老人が住んでてさ、地球はもう大気汚染だの水質汚濁だので生活出来なくなってて、世界は全部作り物だって突拍子も無いこと言い始めるんだよね。子供たちは信じなくてさ、じゃー空を見ろって・・・」
「空がどうかなったの?」
 話の長さは、よーこの好奇心を少しも損なわないようだ。きらきらした目は可愛いと言えなくもない。こういう子供みたいな所が好みではあるんだけどな。
「パックリ割れて、向こうに本物のどす黒い空が見えた。青い空は作り物・・・ドームの天井に描かれた絵だった。」
「それで空がニセモノかどうかって?」
 けらけらとよーこは笑った。まだ話には続きがあるんだけどな。作り物の世界に逃げ込んだ人類。でもストレスからか子供が生まれなくなって、老人ばかりになり、寂しさから人は子供型のロボットを作った。あの怪物たちは研究の途中で作られた、古い型のロボット。でも失敗だと老人が思ったのは、子供たちをあまりにも人間そっくりに作ってしまった事。それを聞いた子供は「違う、ロボットじゃない!」絶叫した次の瞬間、空と同じように頭がパックリ割れて、頭部の中には機械部品が覗いている。あのラストシーンは、まだ子供だった俺にはショックだった。確か21世紀には公害がひどくて、科学だけは進んでそんな世の中になるだろうって話だったと思う。
 でもまあ、その辺はよーこには蛇足か。
「たったそれだけで、あのお空の事が心配だったの?」
 む、たったそれだけ?
「他にもあるぞ。トゥルーマン・ショー」
「ジム・キャリーの映画!」
 そう言えばこいつと見に行ったんだったな。
「そうそう、21世紀とは言ってなかったと思うけど、トゥルーマンは子供の頃からドームの中の虚構の世界で生活してて、本人は大真面目に人生やってるのに、それは製作者の意図した設定にのっとった半分ドキュメンタリーなドラマだった。」
「24時間テレビ中継してるんだよね。」
 よーこは相槌が上手い。この顔で話にのって来られると、こっちもついつい話が弾んでしまう。話してるだけで退屈しないな。
「うん。でもトゥルーマンは疑問を持ち、海外へ引っ越したと聞いたかつての恋人を求めて海へ出る。」
「嵐にもまれても、船にしがみついてる姿が感動的だったよね。私もあんな風に彼氏に想われたいなぁ。」
 想ってるだろ、俺。あ、俺は「彼氏」じゃない?!
 そこの所を突っ込もうかと思ったが、よーこはそれでそれで?と得意の促し作戦に出た。く・・・
「あれもボートが空に食い込んじゃってさ、空が作り物のドームだって判ったよね。近くには外へ出るドアまであって、何かシュールだった。」
「あんな風に空が作り物になってないかって、あなたそれを心配してるの?21世紀が来るから?」
 ついに腹抱えて笑い始めた。そりゃー、変だろうさ。でもね、小さい頃は「未来」って言ったら「21世紀」だったんだよ。「未来世界」=「新世紀」でさ、その得体の知れない言葉の響きに踊らされたかのように、みんな突拍子も無い未来予想をしてた。いざそいつが間近に迫ってみたら、みんな「バカじゃないの?」と笑う。それは自分たちの反省を嘲笑してる事にもなるんじゃないかな。
「責任ってあるだろ?」
「何の責任?」
 ちょっとつながりの見えない言葉を持ち出すと、決まってよーこは興味を示してくる。少なくともこいつは俺をバカにはしてないんだな。
「おかげでこっちは『空』ってのは、未来には作り物になってしまうものなんだって思った。純粋なこの俺の中にある空は、この真っ青でだだっ広いふつーのお空じゃないんだよ!俺の空はどこに行ったんだよ。21世紀になるってのに、ふつーのお空ってのはどういう事なんだ!俺の空を返せよ!責任取れよ!誰だよ、俺をこんな風にしたのは!」
「なるほどね・・・」
 ん?よーこがニヤリと笑った。今までの子供のような笑顔とは違う。何か謀略の匂いがする。嫌な大人にたちまち変貌していく!
「空を返す責任はともかくさ、こないだの7500円!返してよ!責任ってものがあるんでしょ」
 あ、そう来たか。よーこさん、あの、だけど空は?21世紀は?あの、あの・・・
「5000円でいいって、言わなかったっけ?」
「言いません!」
 お後がよろしいようで(涙)
(完) AccessLog