別空間
残師(ざんし)
我々の世界とは別の空間世界…もちろん、実存している空間である。その空間世界に存在するグループの話をしよう。例えるならば、大きな光を送りつづける太陽を包みこむ、雨雲の如し…そんなグループの話である。
其の一「空撃」
超高層ビル78階から、そとの風景の異常に気付いた男…このビルの管理人は呟いた。
「事が始まったようだな…」
風景といっても、ただただ美しくみられそうな家々が立ち並ぶのみ。物件の値段などにたいする感性などはとうの昔に消え去り、今では「美しい」風景にたいする個性が高まりつつある。
「直にやつのもとへ回線をつなげてくれ…」
男は近くの秘書へと命じ、椅子に腰をおろした。
――――ドルナーバ――――
誰がつけた名前かはしらんが、世界の危機を救うものたちの総称である。世界の裏を守るもの仕事…それは、大統領の就任式のさいに暗殺計画を企てる輩を探し出し、捕らえる…世界的なスポーツの大会の際に、暴動を起こす集団を事前に取り締まる…世界の隠れた危機をそっと救う…
いつも裏の仕事を行うため、一般メディアには取り上げられていない。知っているのは政府関係者…いや、彼らもドルナーバの全てを知るわけではない。ただ一部分をしっているに過ぎない。彼らが世界を救っているという部分を。
「回線がつながりました。」
秘書が背後から連絡する。男はそのまま受話器をとる。
「あぁ、そうだ、私だ…うむ、うむ…ドルナーバに直接来てもらうしかあるまい。」
彼らの知るところでは、ドルナーバは数多くの能力を備えているらしい。確か「改造未来人類の元素」がどうとかいっていたが…まぁ、役にたてばそれで問題はない。彼らに人の心をしる力がある話は聞いたことがない。
「また私が連絡するのか?…どうも、ああいう人種は苦手でなぁ…」
だんだんと口調が泣き声に変わりつつある。ドルナーバは役には立つが、性格的にはあまり好かれるタイプではないらしい。突然、電話の回線番号がかわった。
「では、あなたが好きな人種とは、惜しみもなく金をばらまくような人間ですか?」
その声には聞き覚えがある…ドルナーバたちの回線。彼は一気に思考をすすめて青くなり、「ドルナーバに謝罪のメールをおくるように」とかいたメモを秘書に渡した。
「あー、いや、その…いつも御世話になっております」
声が緊張のあまり、裏返っている。
「私らはただの便利やではないのですよ…で、依頼でしょうか?」
「そのまえに聞きたいことがある、どうしてこの回線がわかる?通信毎に回線はかえているはずだが?」
「それがドルバーナですよ…で、依頼は?」
まったく、こういう人の回線にズカズカとはいってくる輩は…一瞬、彼は「回線」の部分を「心」とさしかえ、さらに青くなった。
「大丈夫です、人の心にはあまり入る予定はありませんので…」
受話器のむこうから笑い声がわずかながら、聞こえてくる。まさか人の心をしる力があったというのか?
「あぁ、依頼の話をしよう。依頼は…空の異常現象についてだ。」
「…はい、承知いたしました。ではまた後ほど…」
それだけ言うとドルナーバ側が回線を切断した。男はそのまま受話器を伏せた。
遠い山の中、華やかな古城…その一角で、ドルナーバの使いは回線を切断すると、そのままあたりに伝えた。
「城北地区、管理ビルより依頼…空の異常現象に直に対処すべし。」
使いの連絡を聞いていた2人の男は、驚きの表情とともに立ち上がる。
「やっ、空?まさか…爆影では?」
爆影とは、ドルナーバの恐れる事態の一つ。空が爆影の状態になると、数日後に空から異常な物体が落ちてくる。そんな現象のことをいう。
「まさかな…ではいくとしよう。」
驚いていないほうの男が呟き、扉へと歩いていった。驚いた小柄な男もその後についていく。
「やはり奴のもとへいくべきでしょうね?」
「うぬぬ…我はあいつのような人間が嫌いである…お前が話しをつけて来い」
さっきは物静かだった男の顔が、苦痛に満ちた表情にかわっている。その人間とはそれほどまで嫌な奴なのだろうか?
ドルナーバには支部があり、今連絡をうけたところの人数は4人。他にも支部はあったが、今では3種類しかない…連絡をうけた支部、他の支部とは違うやりかたで世界を救おうとする支部、そして…例の人間の勤める支部…
その人物の支部は、小高い山のうえにあった。町の位置は低いため、こんな山からでも見下ろせる。
「頼もう…ネブラ殿はおられるか?」
小柄な男が支部の前で呼びかけた。反応はない…と、上のほうでガサガサと音が鳴り、栗のイガが落ちてきた。
「あいたっ!何奴!?」
上にいたのは支部の主、ネブラ本人であった。この男、あまり熱心に仕事にとりくまないことから他の支部からは嫌われている。
「どうした…子鼠。」
さらに態度も悪い。が、ドルナーバとしての実力はなかなかのものらしい。
「ネブラ殿、急ぎの用です。空の異常に対応せよとの連絡をうけたが、どのような状況かが我々にはつかめなんだ。頼む、対処法を教えていただきたい。」
ネブラは木の上から降りようとせずに答える。
「五千反(一反=5円)くれれば考えてやろう……嘘だ嘘。その支部の仕事はその支部のもので片付けるが良い。もし爆影だと思うのならばそれに対応する念でもおくったらどうだ?」
やがて物静かだった男がでてくる。
「シェミイよ、話はついたか?」
シェミイと呼ばれた小柄な男は、まだだという顔をつくる。
「おや?臆病な熊がここにいるではないか?こいつならばどうにかできよう…」
「それができぬからお前さんを呼んでいるのであろう!!」
相手側はだんだんと表情が険しくなってきた。そのとき、ネブラの支部の連絡班から連絡がはいった。
「城北地区、管理ビルより…空の異常現象に直に対処すべし。」
ネブラはやれやれという表情で木から下りると、服についた木屑をはらう。
「「依頼」だ…いくとするかな。」
彼らドルナーバの服装は、白い袴に鉄製の重い腕輪。白い袴は、どんな危機も柔軟に対応することの象徴で、腕輪は柔軟すぎて悪しき道に走らないためだとか…
ドルナーバは念で危機を避ける。「念」という部分が「陰陽道」とにているが、ドルナーバは天の力をかりて危機を回避する。そういう点では陰陽道とは異なっている。
「どうせただの禁影だとおもうがなぁ…」
禁影とは、ドルナーバが念に失敗したときに起こる自然の変異である。別に害はないが、これをやってしまったドルナーバは未熟とされる。ネブラはそう感じていた。
目的の場所に近いとされている丘にくると、ネブラは真剣な表情になり、近くの森から小枝を拾ってきて地にさした。
「天与実影早々表…(てんよじつえいそうそうひょう)…」
この念の意味は「天よ、この現実となっている影をそうそうに表したまえ」という内容である。直にネブラの魂に、一つの直感がわいた。この直感を、彼らは「天実(てんみ)」とよんでいる。これこそが天のお告げであるからだ。
「禁影と同じ性質だ…だがしかし、裏になにかがある。…天与暗雷(てんよあんらい)…」
これは「天よ、暗やみに潜むものに雷をあたえよ」という意味。次の瞬間、小枝は真っ二つに裂けた。
「来たぞ…やはりあいつらだ…二人とも、念を頼む。」
二人に念を唱えさせ、彼自身は空からふる「なにか」を待ち構えていた…
グォォォオオオッッ!!
これはきっと「地の底」の使い。「地の底」とは科学的に己の国をつくろうというある意味「テロリスト」な団体。ドルナーバとは敵対しているため、こういうことが度々おきる。ネブラは手にもっていた栗のイガを宙に放り投げ、念じた。
「天与飛来対撃!」
これはドルナーバの数少ない破壊系の念の一つで、宙に放り投げたものを飛来物を破壊できるほどの破壊力をもった手投げ弾にする。だが破壊系の念は天の意思に背くとされ、あまり好まれていない。飛来物は綺麗に消えてなくなった。
「ふむ…なくなったか。さぁて…帰るか。」
念を唱えていた二人は大汗をかき、とても苦しそうな表情をしている。破壊の念を使うにはほかのドルナーバの力が頼りになる。念じるものが増えればその威力は何倍にも増す。が、そのぶん多大な精神力を使う。
「お前というやつはどうもわからぬ…生真面目なのかおちゃらけているのか…」
静かな男が疑問をかかえたまま、事態は終結した。なお、この事件に関しては一切報道されない。市民のなかには気付いている人もいるかもしれないが、そういった人間は逆にそれを話すことへの恐怖をしっているため、話さない。
仕事を終えたネブラは木の上から月光に照らされた各村を見下ろしながら、念を唱えている。それはとうの昔に忘れられている、ドルナーバの「天への感謝」の儀式の一部。現在のドルナーバでそれを知っているのはこの男だけであろう…
こうしてドルナーバと政府の影の活動は続いている。