ロクセーアのカーニバル             田中=マーベルロード  世に黒魔導師と呼ばれる者達は人からうとまれる者である。原因の一つに、我々は他人に対しまったく無頓着で、えてしてその行動は世界一般に害を及ぼすことが多いからなのであるが、しかしこれはやむをえない事であり、世の為人の為に魔術を使う白魔術師や、世の均衡をたてまえとする灰色魔導師とは違い、我らは己の欲するままに魔術を使う、真の魔力探求者なのである。  さて、こう大見栄を切っても見たが、この私黒魔術師のマーベルロードはこのインターの都で食いつめ、このような三文小説を書くはめにおちいっているのである。今最大の興味は、崇高なる魔術についてではなく、この羊皮紙一枚が黒パン何個に化けるかという事である。  幸いな事に、この町では文芸がそこそこさかんで、このようなくだらない、アドヴェンチャーやゴシップなどを書きつらねたものが広く出まわっていて、貴族や豪商達から、金品を引き出させ、私のような貧乏人はこれで明日のパンが買えるのである。  私の記憶にまちがいがなければ、時は2年前の商業港ロクセーアでのイゥームの大聖祝日のことである。私とそのとりまきである蛮人とエルフ、漁師とその連れの御婦人は海賊を平らげ、その足でカーニバルをたのしもうとこの港にやってきたのである。蛮人のフェジックという男は2メートルはあろうかという大男であり、筋肉の塊の上に申し訳程度の頭が乗っているような男で、戦斧を好んで使っている。たいへん直感のするどい男であり、正義を信奉しているものの、俗にいわゆる騎士とは又、違った雰囲気を有している。もう一人は黒ミミとあだ名される正体不明のエルフで、中立を信奉している、一般に法を正義と信奉するエルフ族の中ではかわり者とも言え、人界にたむろしている事もこのへんにあるのかもしれない。漁師のライプニッツは結婚を間近にひかえているものの、血を分けた兄弟は探索の旅に出てしまい最近は少々ふさぎぎみでもある。連れの御婦人はミファルデとジョセフィーヌ(打者談・ジョセフィーユじゃなかったかな)と言い、ミファルデはライプニッツの婚約者である。ジョセフィーヌはその探索に出かけた男の恋人でこのカーニバルにやってきたのも、そのショックから立ち直る為である。  ロクセーアのカーニバルは思ったよりもはなやかなものである。  市場は遠来の珍しい品々や何やら軽い魚料理、近隣の村から持ってきたらしいくだもの類がならんでいる。辻では遠来の吟遊詩人らが勇ましいバイキング達のサーガや昔の船乗り達の不思議な冒険の話を声高々に唱いながら、ちょっとした音楽を披露し、聴衆を大いに楽しませている。大半は昔からの語りつかれた話を少しずつアレンジしたり、又はとんでもない大ボラも多かろうが、その中にもしかしたら一片の真実や何か新しい発見があるやもしれん、魔術師たるものこういった機会をのがしてはならない。  さて、こういった諸々の世俗の楽しみが終わった後、私は思いもよらぬ事件に巻き込まれるはめになったのである。さて祭りの喧噪に疲れ切ったその晩の変事に最初に気づいたのは黒ミミである。彼はそのエルフ族特有の長い耳をひくつかせながら何かやかましくないかと私達に問いかけて来た。私も耳をすましてみると、やはり何か騒がしい。かといって火事でもなさそうである。危険に従事する事が最近多いからだろう。いや、ここに来る前に海賊船を平らげた経験からかもしれないが、何か直感らしきものがはたらいたのだ。まず最初にライプニッツが「ミファルデ!!」とさけび扉をけやぶらんばかりのいきおいで部屋から飛び出して行った。続いて、私とその仲間もこれに続く。部屋を出ると、私達の不安は的中している事がますます明らかになった。そこらの部屋で女の悲鳴と、剣げきの音が鳴りひびき、目つきの悪い、見るからに盗賊風の身なりをしてた男達がちらと見うけられたからだ。  そしてジョセフィーヌ達の部屋についてみると、やはり盗賊風の男二人とライプニッツは激しく切り合っていた。当然女二人は壁ぎわでふるえている。黒ミミとフェジックも勇んで飛び込んで行く。私はとりあえず部屋の入口で状況を静観する事にした。なぜ戦いに参加しないのかと?魔術師たるものむやみやたらと、戦いに参加するものではないのだ。ましてこのせまい部屋の中で大の男が5人得物をふりまわして戦っているのである。肉弾戦に不得手な私が参加した所で戦いの邪魔になるだけである。まあ、案の定というべきか、ライプニッツ達は難なく二人の悪漢を平らげてしまった。そこで私たちは他の部屋の盗賊達も片づける事にしたのだ。  賊の数は思ったより少人数らしくとりあえず手近な部屋に加勢に入ろうと、手前の部屋に飛び込んだ。部屋の中では男装をした女性が勇ましくも賊と戦っていた。この世界、騎士の家などでは女でも自衛のために剣技を学ぶ事が多いのだが、彼女の腕はなかなかのものであった。そして私たちの加勢もあってこの部屋の賊もかたずいた。女はシーラと名のった。美人ではあったが、男装でうろつき回るような女はあまり嫁には向かんね。さて遅ればせながら宿の主人も駆けつけて来た。着物はあわてて羽織ったらしくよれよれのふうていで、大変にろうばいしている。無理もない、こんな事はめったにないのだろう。  宿の主人と捕らえた悪漢達の話を総合するに、彼らはこの街の盗賊達で、今日のように旅の宿などを襲い、とらえた特に女達を外国に売り飛ばしているというのだ。さらに連中は宿の地下から水脈(打者談・水路だったと思うが)を通って脱出するらしい。  「野郎目にものみせてやる。」さきほどのシーラという女の顔がやや血ばしっているように見えた。多少過激な性格をしているらしい。  多少後手にまわったせいか地下水道では盗賊どもは行った後であった。当然一艘だけつないでいた船も見あたらない。私達は多少顔を見あわせた。が、下流の方になにやらうっすらとした明かりと何かが暴れている水音がする。  精霊の加護のある指輪を持っている黒ミミはお先にと水の上を軽くかけて行った。ここで彼は後続の人間に何か警告を発すべきだったのだろう。後に続くライプニッツは一瞬水面をながめかけ出すように水路に身をのりだした。そして辺りに水しぶきをまきちらしながら彼は水路に沈み、周りは一瞬静かになった。  「だいじょうぶか?」フェジックはごつい手をさし出し、ライプニッツを引き上げた。  「いや、しかし水はそんなに深くないようだ。」ライプニッツはせきこみながらそういった。「深さは胸のあたりまでのようだし、かきわけながら進めそうだ。」  「黒ミミ、光のようすはどうだ?」私はこのさわぎでこちらを面白そうに見ている彼にそうたずねた。  「何かよくわからんが数人が切り会っているようだ」さすがにエルフは目がいい。  「もたもたせずに行くわよ!連中逃げちゃうじゃないの」シーラはそういうと水の中に勢い良く飛び込んだ。ライプニッツとフェジックは顔を見合わせ、肩をすくめると後を追った。私は呪文をとなえ体を空中に浮かせ空からついて行くことにした。後ろで宿の主人がハンカチをふっている。  ほどなく前方を走っている黒ミミに追いついた。  「むこうにいるのは盗賊共と、ありゃ若い女のようだな。つかまっていたのが逃げようとしているのか?」黒ミミは水の上をかけながらそう言った。やがて、水の上で暴れている人影が見えるようになった。なんと、盗賊と若い女が水の中で死闘を演じている、が女はどうも捕らわれたお姫様という雰囲気ではなさそうである。  「なんとも人間の女とは勇ましいものだ」そう寸評すると黒ミミは愛刀をふり上げつっこんでいった。「助太刀するぜい!」  「余計なお世話だ!」返事はつれなかった。そして彼女は賊を一人切りすてた。(黒ミミは)少しは彼女を信頼させようと思ったのだろう。フェジック達が追いついたので、黒ミミは「ヘイ、彼はチャンピオンな人だぜ」と仲間の巨躯を誇示しながら言った。  「そんなチャンピオンがいるかい」返って来た返事はつれなかった。その時のフェジックのなさけない顔はなかった。  こうして、男共が思考を停止させているのを後目にシーラが男達の中にかけこんでいった。不幸な盗賊共よ。  私は頭をかかえて、空中に浮いたままだんまりをきめこむ事にした。さしずめ、さわらぬアマゾンにたたりなしといった所か。  さて、この勇ましい彼女はマイティアと名乗り、彼ら盗賊をまちうけて、この地下水道の中でまちぶせていたらしいのだ。が何しろ口が悪い上どうも人に感謝するという事を知らないらしい。不幸な子である。  さて人の良い私達は一通り彼女の悪態を聞き、なかば押され気味にこのさわぎの元凶でもある盗賊ギルドを襲撃する事になった。なんとなく、彼女の言動にかくされた、悲しい過去を感じとったからかも知れない。  「問題のシーフギルドは、つい最近設立されたもので、主に外国との人身売買のうまみで成りたっている、が新興のギルドだけに人がまだいない。この間も流れの盗賊を数人ひっぱり込んだらしい」朝もやの中、マイティアは私達を問題のアジトへ案内しながら、彼女の知っている情報を話してくれた。まあ推測も多少入っているようだが。  「なかなかくわしいじゃないか」これまた勇ましいいでたちのシーラがそれに答える。二人共、鞣し革をロウで煮固めたレザーアーマーを羽織っている。一見するとどちらもシーフに見えない事もないが、シーラの方は明らかに硬貨のような鉄片を表面にはりつけた皮製の服を下に身につけている。当然その分、体はうごきにくくなるが防具としては効果が増す。主に森林警備隊などがこんな鎧を好むのだが。  「手だれの戦士はいるのか?」愛用の獣のしゃれこうべのヘルメットに薄い鉄板で補強を加えたくさりかたびらを着込んだフェジックが真に戦士らしい質問をした。ところどころに古代ルーン文字による模様が見えており、魔術的補強がなされている事もわかる。  「私も聞きたいな?」軽い呪符画のはめこまれた鉄よろいに身をかためたライプニッツがフェジックに同意した。さっきからおしだまっている、黒ミミは銀のくさりかたびらの上に緑のガウンを着込んでいる。私は彼らの後ろから、黒のローブを着、愛用の杖を手に、興味しんしんに、彼らの会話を拝聴しながらついてきている。魔術師たるもの、軽々しく口をひらくものではない。  「本格的な剣技を学んだやつはいないはずだ。たいていはギルドの亜流だ。もっとも隠密行動の技はみがいているはずだから、背中には気をつけた方がいいな」とマイティア。  「呪文の使い手は?」愚問のようだが聞いておくにこした事はない。なにしろ、ゴブリン鬼の巣に住む魔術師もいるくらいだ。がこれは知らんとの返事だ。  「ついたぞ」マイティアは立ちどまり、古びた石造りの倉庫を指さした。「中は改築されていて、連中のアジトになっている」  建物の辺りはちょっとした空き地になっており、窓一つないその門の前には二人の男がすわりこんで何やら無駄話をやっている。  「中に襲撃を知らせられるとまずいな。かといってこの地形じゃ忍び足で近寄れんだろうし」シーラは男達を見ながらつぶやいた。どうやら私の出番のようだ。  「呪文でだまらせるとしようか」私はそう提案した。みんな特に意義をとなえず、それを肯定とうけとった私は呪文をつぶやき始めた。安らかなる眠りという初歩的呪文で、又なかなか重宝する呪文でもある。  たちまちのうちに呪文は効果を表し、門衛達はくずれるように眠り込んだ。  「特にワナはなさそうね」マイティアは門を軽く見てそう言った。  「姿かくしの呪文があるが、誰か偵察に行かんか?」との私の言葉に黒ミミが同意した。「やはり戦えて呪文の使える俺の方が便利かもしれんな」呪文により姿をかくした彼は、できるだけ忍び足で門をくぐっていった。そしてほどなくしてもどって来て、「奥には四方に扉のある部屋があり三人の盗賊が何やらゲームをしている。奥の部屋からは女達のすすり泣く声がしており、左手の部屋にはちょうど、二人の男が一人の女を引きずって入ったところだ」  「まったく男とは身勝手なものだ」この報告で多少目のすわったシーラが扉をにらみながらそう言った。  「左手の部屋はどうも宝物庫らしいな」黒ミミはさらにつけ加えた。  まあ、どだい女というものは強いもので、多少の暴行ごときでへこたれるようなものではないので、私自身はさほど心配はしていなかったが、ここで私と黒ミミとは暗黙の了解がなり立った。すなわち、宝は後のおたのしみ、という訳である。  軽く彼と呪文のローテーションを話し合った後、私達はギルドになぐり込みをかける事にした。  フェジック、ライプニッツ、シーラと並び、次に黒ミミと私、そしてマイティアが続く。部屋の敵は黒ミミが呪文で眠らせる事にした。  黒ミミの情報通り、部屋には三人の盗賊がたむろしていた。連中は侵入して来た私達を見て立ち上がり、内二人は黒ミミの呪文ですぐに正体不明に眠こむ。「味なまねを」呪文の効かなかった男は小剣を抜くと切りかかって来た。  「フェジック。左の部屋をたのむ!」ライプニッツは男の剣を受けながらそうさけんだ。シーラがこれに助太刀する。男の技量は盗賊にはもったいなかったが、二人を相手には敗色は濃かった。  フェジックは木製の扉を蹴破ると中におどりこんだ。部屋の中には二人の男がおり、一人はベッドの上で一人の女を組み伏せていた。もう一人はそれをニヤニヤ笑いながら見ていたが、フェジックを見ておどろいた顔をしたが、すぐにすごんだ。「誰やおまえは。何勝手に入って来とんねん」がフェジックの返答は並の男でも両手でやっと持てるような大きな戦斧の一撃だった。  男は血しぶきを上げて壁にたたきつけられ、絶命した。女の上の男は恐怖の悲鳴を上げる。フェジックは彼の首をそのごつい腕でひっつかんだ。たちまちの内に男は目を白くして絶息した。  そのころにはライプニッツ達の方も片が付きかけていた。所詮盗賊の腕では二人の剣はいつまでもかわしきれず、致命傷を受けてたおれる。  「以外にあっさりケリがついたな」今回は出番のなかったマイティアが残念そうに言った。この娘私達がいなければどうするつもりだったのか?  「一人でつぶすつもりだったのか?」シーラはあきれたように言った。  「一人だから、連中の襲撃をおそったのさ」マイティアはそう返しながら、机の上から鍵束を取り出し中央のとびらをあけた。すると、いるいる。二十人そこらの女達が。その中から「ライプニッツ、来てくれたのね!」という声が上がった。とたんに彼の顔は青ざめ、私と黒ミミはおもわず顔を見合わせくすりと笑った。  そして、隣の部屋からは女の子にからみつかれたフェジックが困った顔をして現れた。なんともロマンスのよく起こる日だった。  生き残った盗賊達を縛り上げ、私は、最後に残った右の部屋を開けた。無論、その前にマイティアがワナの有無を調べてからだが。だいぶと荒稼ぎしていたらしく、ひとかかえもあるつづらに金貨や宝石、魔法の品がぎっしり詰まっていた。人間貧しくとも高潔である事が最良のように言われるが、貧しさは人間を卑しくするし、やはり金がある方が心も豊かになる。何?貧しさの中でいかに心を豊かにするかが重要ではないかと?いやそれならありあまる金の前でいかに心を平静に保つかも重要な事ではないのかな。  さて、ここでここで、物欲を満たされたマイティアは自分の取り分を受け取ると、人知れぬ自分のアジトに帰って行った。が、さらに欲を出した私達は、最後に、人買い船をとりおさえて今度の事件に決着をつけようとした。それには捕虜に尋問するのが一番である。  「さて。取り引きについて教えてもらおうか」メンバーの中で一番こわもての効くフェジックが盗賊の一人を軽々とつるしあげてそういった。がつるし上げられた男は意外な事を言った。  「口が裂けても言う訳なかろうが。特にお前達の為にはな」  「俺達を知っているというのか?」  男は床につばをはいて「知るも何も、ついこの間、俺達の計画を邪魔しやがったじゃないか。おかげで俺達はおちぶれ、こんな場末のギルドに流れてきたんだよ」そういえばこの男どこかで見覚えがある。  「そうか思い出した。お前はシェファインの」黒ミミは手をたたき、そこまで言いかけた。  「誰だっけ?」後ろでシーラとライプニッツが力なくへたり込んでいるのが見えた。がしかし我々冒険者というものは数々の敵に出会ってそれをたおして生計をたてているのだ。いちいち悪党どもの名前など覚えていられないのだが。  「・・・だ!」(注、筆者も忘れている)  その後男はだんまりをきめこんだ。おそらくいじけてしまったのだろう。そこで私は自分の出番が来た事を悟った。  「まあ、だんまりを決めこむのもいいが、それは無駄な努力だ」そう言いながら、魔力の封印された水晶球を取り出した。この球は、人の心がのぞけるのである。  「ふむ、また尋ねる。取り引きの日はいつだ?」水晶に・・・の姿がうつしだされだんまりを決めこむ男にかわって私にかたりかけてくる。水晶の像は「今日だ」と答えた。私は少しあせって、  「では方法は?」水晶の男は、とある船の名を上げ、その船が落ち合う場所まで案内し、スポンサーと洋上で落ち合うことを告げた。  「よろしい。では相手は?」ローグリアン帝国の○○○男爵だと像は告げる。なんという事だ。これでは国際問題になってしまうではないか。  「もういい。フェジック。そいつは牢屋にでもぶちこんでおけ」私はそう言って水晶球をしまった。フェジックは、用がすめば出してやるとなだめながら捕虜達をぶちこんだ。気のいい彼の事だから、本心からそう思っているのだろうが彼は非常に忘れっぽいという性質があるのであった。さてここで実は頭が痛い事があった。というのは男からつきとめた船の名は聞きおぼえがあったのだ。あの連中はそんな悪どい事を行っていたのか。  「魔法使い。もう呪文はあるか?」黒ミミは私にそうたずねて来た。  「もうほとんどないな」私は肩をすくめた。  「とりあえず今日はクモの糸の魔法を準備してある」後は眠りが数発か。とりあえず、船の連中はクモの糸の一発で事がすむだろうか。私は自慢のヒゲを摘みながら思案した。  「はったりかますしかないな」と黒ミミ。  「そうだな。まあてきとうにあの船の方は船長を呼び出し、おおいこんで、ローグリアンの連中にも同じ手をつかおう。  さて作戦が決まりとりあえず女達を宿屋にあずけた私達は波止場に向かった。  岸ではまだ朝が早いせいか人夫や船員達もあまり見かけない。そしてすぐさま目的の船が見えた。とりあえず私が交渉をする事にした。  「おい船長!」私は大声で呼ばった。  「なんだあんたらか」船員の一人が顔を出してそういった。船上ではがやがや人の声がする。出港の準備をしているらしい。  「帰りの船の相談がしたいのだがな」  「ちょっと待て。今呼んでくる」船員は消え、しばらくして船長が現れた。  「今日はだめだ。明日また来てくれ」船長はぶっきらぼうにそう言った。「そういえば連れの婦人方とライプニッツ君はどうしたのかね」船長は私達をじろりと見てそう言った。そういえばライプニッツとシーラもいない。どうしたのだろうか?まあいい。私は続けた。  「船の用意はできてるじゃないか。ついででいいんだ」  「もうすぐお客さんが来る事になってるんだ。その方は相乗りをいやがる。帰ってくれないか」船長はそういうとくるりと私から背を向けた。  「お客は来ないさ。荷の女もね」私はそう言った。「なに」と船長がふり向いた途端とたん、彼の上から巨大な糸が広がった。  「あっさりかたずいたな」今までだまっていたフェジックはそういいながら腕を組んだ。その時、船の向こう側から、パシャリと水音がしてライプニッツが顔を出した。  「何してんだそんな所で」黒ミミは目をまるくして尋ねた。  「終わったのか?いや、船のうらからしのびこんで、襲ってやろうと考えていたのだが・・・」彼は頭をかきながらしどろもどろに答える。これでナゾの一つがとけたのである。  「ちと協力してもらいたいのだがね、いや、取り引きの話は知っている。そこで取り引きのまねごとを続けてもらいたいのだ」黒ミミはできるだけすごみをきかせながらそう言った。  「いやなに、いやだというなら君の船は私の魔法で黒こげになってしまうよ」私は彼に続けてそういった。このおどしはきいた。船長は真っ青になってうなずいた。いや魔法使いというもの、はったりは重要なのである。呪文の力は強力ではあれども、いつも効力を発するとは限らないのである。  世に悪人というものは小心者が多いのである。この船長もごたぶんにもれずその一人であろう。これだけおどしをかけた後は実に従順なものである。  ほんの数時間沖合いに乗り出し、しばらくすると、何やら全体を黒く塗り上げたいかにもあやしげな船が接近してきた。とりあえず呪文をほとんど使い切った私が船に残り、船長を見張り、他の面々は水中から侵入し奇襲をかける事になった。その為これからの事は聞きづてで知った事が多いのだがそこはかんべんして欲しいと思う。  さてその黒い船は私達の船を見つけるとマストにあざやかなローグリアン帝国の紋章を上げるとゆっくりと接近してきた。砂漠の未開国のくせに帝国などというごたいそうな名を付けるだけあって、このような犯罪を国家ぐるみでやってしまうとんでもない国である。  黒船の上には黒いローブを身につけた、貴族らしい男が部下にさしずしているのが見えた。そして、こちらの船長が何らかの合図をするとその船はゆっくりと接舷してきた。  「物は用意してきたろうな」黒ローブの男は横の従者に何やらささやくと、従者がそう言った。  「これだ」船長は船の中央にのせていた大きなオリを指さした。そのうえには白い布をかぶせてある。  「中を見せてもらえないだろうか。取り引きはそれからだ」又、男は従者ごしにそう言った。尊大な態度である。  「そちらこそ報酬は用意しているだろうな」船長は横目でこちらをちらちら気にしながらそういった。  「我々をうたがうというのか」  「そういう訳ではないが、確認したいだけだ」  「よかろう」そう男は言うと片手で何か自分の部下に合図をした。そしてしばらくすると数人の男達が宝箱を抱えてやって来た。そして男はさらに合図すると従者がそのふたをあけた。中には金貨がザクザクである。  「ごらんのとおりだ。さあ、物を見せてもらおうか?」さて船長は大変にあせった顔をしていた。当然だろうオリの中にはだれもいないのだから。彼はしぶしぶと手下に命じた。  ゆっくりと幕は上げられ、そしてローブの男の顔色はかわっていった。  「どういうつもりだ」はじめて彼は自分で口をきいた。よほどふんがいしたらしい。  その時、フェジック達が甲板に上がってきた。  黒船が近づいて来た時、フェジック達は、海賊船の舷側からそろそろとおりていった。黒ミミは例の指輪の力で水面を歩けるが他の二人は泳いでわたる事になった。そこで黒ミミは先に船室に忍び込み一種のはさみうちをかける事にしたらしい。  フェジック達の方は単に甲板にのりこみ大暴れして相手の士気を喪失させる。  上では先ほどの船長と黒ローブの男とのまだるっこしい会話が続いている。あの魔法使いは失敗せんだろうか。そう不安を覚えながら彼は黒船に近づき船をよじのぼっていった。  交渉はどうやら終盤に近づいたらしい。やがて交渉が決裂したらしく黒ローブの怒った声が辺りにひびいた。フェジック達は甲板におどりでた。「お前達の悪事はもう終わりだ!我々は連合の貴族、アズン伯の手のものだ」(筆者注、このとき使った名前を忘れている)(打者注、連合ではなく公国だと思うが)私はころよしと姿隠しの呪文をとき、そう呼ばわった。  「切り捨てろ!」男はそうわめくと腰から剣をひきぬいた。たちまち船員達がカトラスをぬいてフェジック達に切りかかる。  それをフェジック達は次々に切り捨てる。ローブの男は色をうしない異国の言葉で悪態をついた。するとやがて船室から、肩に猫をのせた黒髪の女が現れた。自信たっぷりに、そして「○○○男爵、このさわぎは?」黒はあわてたようすで何やら釈明の言葉を言った。  女は何やら呪文をとなえた。あれはうわさに聞く金しばりの呪文である。たちまちフェジック達の体は硬直しあっというまに私の味方は制圧されたのである。  女はかるく手をふり上げ「すてておしまい」といった。気の毒に。「さて魔法使い」彼女は今度は私にふってきた。不幸は私にまわってきた。  黒ミミはフェジック達とわかれた後、舷側の窓から船の中に侵入した。さてどうしたものかと辺りを見回すと、その部屋には赤服に月の紋の入ったサークレットの集団がつまっていた。  「何やつだ」彼らのうちの隊長らしい男がそう黒ミミに詰問した。黒ミミは大あわてでクモの糸の呪文をとなえる。あやしげな男達はたちまちのうちに糸にからめとられる。何をのがれた者達はまだちらほらいたが黒ミミがすごむとおとなしくなった。  「いいなうごくなよ」彼はくぎをさすと得意顔で甲板に上がった。甲板での不幸を彼はまだ知らない。  「さあお前達。船室の連中は私がかたづけたわよ!」そう大みえをきって甲板に飛び出した彼は絶句し、黒髪の女は面白そうに目を細めた。不幸はいきなり彼の方に移動したのであった。  「そこの女魔法使い。よく覚えておけ。仲間のかたきはきっとうつぞ」私はそうさけぶとこの場をさることにしたのだった。つまり水の中に飛び込んだのである。何となくバカヤローとの声が聞こえた気がした。  気がつくと、私はいかめしい船団の上にいた。白い帆を張り甲板には水兵が満載されている。やがて仕官らしい男が、  「我々はサーナレトラサム公国の使節団である。公女殿下の命を受け海賊の退治に向かう所だ」私はわたりに船と身の上を説明し仲間を助けてくれと哀願した。ここはなきおとしの一手である。  私の必死の説得が効を奏したのだろう。仕官は提督にかけあってくれた。後は簡単な事であった。艦隊は海賊船と帝国の軍船を追い詰めたのであった。黒ローブの男はつかまり、仲間達は助けられ、女魔法使いは魔法で逃げさった。一見落着である。  さて、公国の提督に賞賛され、何やらと後始末を終えた後、私達は残りの祭りを楽しむ事にした。  さて、祭りの最後の日、サーナレトラサム公国の公女が使節としてやって来るという事で私達は物見遊山に見物に出かけた。何と公女はあのはねっかえりのシーラとそっくりだった。そして彼女は私達の方を向きニコリと笑うとすたすたと国王の方に言ってしまった。が私達はあまりの恐ろしさに頭が真っ白になったのだった。